立誠学院 塾長 山田 大介の想い
届けたい想いがある
生まれてきた理由
もともと私は、人前で話すことがあまり得意ではありませんでした。
それなのに塾講師って変でしょ?でも、私は、話すのが得意だから講師になったわけではなく、勉強が好きだから塾講師になったわけでもないんです。
「好きなことをやれ」とはよく言われますが、私の場合は、それでは、教えることと出会えていなかったことになります。
だって、もともと勉強が苦手で、学校の先生が嫌いでしたから(笑)

最近気づいたのですが、昔から読んできた小説や、見てきた映画やドラマには知らず知らずのうちに共通点がありました。
それは・・・
「子どもが主人公であること」。
そして「必ずそれを支える大人が存在すること」でした。
可能性に満ちた、未来の主人公を、全力で応援する大人の姿に惚れたんです。
自分もそんな大人になりたくて。

気が付けば、最も嫌いだった職業を選択していました。
来る日も来る日も悩んだあげくに。
それが、自分の理想の在り方に一番近いと思ったから。
大嫌いなところに、大好きな種を植えるんです。葛藤こそ、種を育てる最高の土壌です。
なぜなら、進化は葛藤の中でしか起こらないからです。だから、悩むことは自分の得意を育てる時間になるのです。
今では、これが自分のたった一つの生きる道だと信じています。
これがあるから自分の存在を肯定できます。

私は子どもたちにこう伝えています。
「何か、ひとつ、得意なことがあれば、幸せに生きていくことができるからね」って。

神様があなたをつくった理由を知りたいですか?
それは、あなたにしかできないことがあるからです。
だから、あなたは生まれてきたのです。

「あなたのいる場所で、あなたにしかできないことをしなさい」
                byセオドア・ルーズベルト
この宇宙で一番大きなもの
それは、あなたの可能性です。
生きていく理由
自分の存在の意味を知りたくてあがいていた十代の頃。
あれから20年以上たったいまでも己の存在意義など、ほとんど見いだせていません。
それでも目の前のことに手を抜かずに全力で取り組んでいれば、
いずれ・・・
いずれ、たくさんの人のしあわせに貢献できるかも。

私はなにより教育者でありたい。
私が理想とする「教育」とは、知識を詰め込んだり、世間の常識を押しつけたりすることではなく、
子どもたちが歩もうとする未知なる道の、はるか先を照らす灯火となることです。

物事を成就させる方法はただひとつ。それは・・・「覚悟すること」だと思います。
私はなりたい自分になります。
きっとあなたも。
謙虚に、誠実に生きていれば、将来、なれる最高の自分にだってなれます。

大丈夫。
私たちの生きている世界では、
「できない」ことより
「できる」ことの方がずっと多いのですから。
じっくり、ゆっくり!
人生というシナリオには法則があります。
とことんまで頑張って、それでも結果は出ず、「もうダメだ」と力尽きるその瞬間に、人生を一変するシーンと出会うようになっているのです。

人は、力尽きるところまで頑張ったとき、
尽きることのない無限の力がわき上がるのです。

でも、人生って速さを競うレースではありません。
人生という競技は、速くなくていいんです。
前向きに進み続けることに意義があります。

雑草は硬いコンクリートをも突破して生えてきます。
微力でも、じっくりじっくり時間をかけるからこそ突破できるのです。
微力こそ、遠くへ行く秘訣です。
100cmずつ進む人は挫折します。
1cmずつ進む人は成し遂げます。
人生においては、どこまで進むかは問題ではありません。
大切なのはスピードでもありません。
ゆっくりゆっくり歩み続けることです。
「止」まるのが「少」ないと書いて「歩」むです。
周りの風景を楽しみながら、ゆっくりゆっくり歩いて行こう。

雨だれが石をうがつのは、激しく落ちるからではなく、何度も落ちるからだ。 
                         byルクレティウス
急がず、しかし休まず。 byゲーテ
急がず、しかも休む。 by一休さん(笑)
自省
「え!こんな簡単なことわからんの!?」
「おいおい!それ昨日教えたばっかのヤツやん!」
「オレがさっき言ったこと聞いてたん??」

最近、子どもたちに対してこんな発話が増えたような…。
自分も勉強で苦しんでおきながら、子どもたちの苦しみには共感できていなかったのかもしれません。
大学で教育学を学んでいたころ、実習で現職の教師たちとぶつかってでも生徒の目線を忘れなかったのに。

長い講師経験で身についたものに満足して、失ったものに目が向けられていなかったのだと思います。
またしても、生徒たちによって成長させられそうです。感謝しなければ。

誰でも健康が一番だと思い、丈夫な体を持ちたいと願っています。
でも、病気にならなければ、見えてこないものもある。

ちょっとしたつまずきから自分を追い詰めて苦しんでいる生徒がいる。
そんな生徒を前にして、そういう心理を等身大で理解できていない自分がいる。
そんな自分は、教育者としてはまことに至らないのではないか。

「過って改めざる、これを過ちという」

講師生活20年をむかえた今だからこそ
謙虚に教育に携わりたい。
10の約束
昔、「犬と私の10の約束」という映画がありました。
主人公は14歳の少女で、お母さんが入院したときに子犬を飼うことになりました。
そのときお母さんから犬を飼うときの10の約束を教えてもらいます。
犬との約束は、
1「私の話をがまん強く聞いてください」
2「私を信じて。私はいつもあなたの味方です」
3「私とたくさん遊んで」
4「私にも心があることを忘れないで」
5「けんかはやめようね」
6「言うことを聞かないときには理由があります」
7「あなたには学校もあるし友達もいるよね。でも私にはあなたしかいません」
8「私が年をとっても仲良くしてください」
9「私は10年しか生きられません。だから一緒にいる時間を大切にしようね」
10「あなたと過ごした時間を忘れません。私が死ぬとき、お願いします、そばにいて」

24歳になって、恋や仕事で忙しくなった主人公は、
「犬がいると旅行にも行けない」などと犬に冷たく当たります。
しかし、久しぶりに犬を抱きしめたとき、犬の体が小さく、軽くなったことに気付いてこの約束を思い出します。
主人公は犬が亡くなるとき、この約束を守れていたかどうか思い出します。もっと大切にしてあげれば良かったと反省するのです。

当たり前のように一緒にいると、その状況が永遠に続くように錯覚してしまいます。
それは犬だけでなく人の場合でも同じ。どんな大切な人とも、いつかは別れるときが必ず来ます。
だから一緒に過ごせる時間を大切にしたいものです。

この映画で使われた10の約束は、ネットで広まった作者不明の短編詩「犬の十戒」をもとにしたものだそうです。
「犬の十戒」での10番目の約束は映画とはちょっと違って、
「私が死ぬとき、お願いです、そばにいてください。そして、どうか覚えていてください。私がずっとあなたを愛していたことを」
というものです。
自分が死ぬとき、愛した人がそばにいてくれて、
自分がその人を愛したことを伝えられたら、
これ以上の幸せはありません。
シルバーを楽しるばー♪
「誕生日ローソク吹いて立ちくらみ」
皆様、『シルバー川柳』ってご存知ですか?社団法人全国有料老人ホーム協会が主催し、2001年から毎年行われている川柳作品の公募の名称です。
先ほどの作品は2014年の受賞作品です。これが結構面白いんです。
今回は皆様をシルバー川柳の世界にご招待します。では、受賞作品のご紹介。
「起きたけど寝るまでとくに用もなし」「LED使い切るまで無い寿命」
…いやいやいや。イキナリせつない。
「飲み代が酒から薬にかわる年」「中身より字の大きさで選ぶ本」
「探しものやっと探して置き忘れ」「自己紹介趣味と病気をひとつずつ」
「孫ひ孫名前混乱全部言う」「アイドルの還暦を見て老いを知る」
あるある!って共感したあなた、シルバー検定3級です(笑)

アンチエイジングという言葉が世間をにぎわしています。 「年はとりたくない」というけれど、気持ちよく、かっこよく、素敵に年を重ねている人は大勢います。
年を重ねることは、誰もが進む道をゆくということ。山あり谷あり、楽しいことばかりではないデコボコ道だけれど、年を重ねたなりに見えてくる景色もあります。
だから高齢者の方々には、力を抜いて、楽しく歩んでもらえたらと思います。
「このごろは話も入れ歯も噛み合わず」「二世帯を建てたが息子に嫁が来ぬ」
「少ないが満額払う散髪代」「無農薬こだわりながら薬漬け」
「妖精と呼ばれた妻が妖怪に」
「ガガよりもハデだぞウチのレディーババ」
(^○^)こんなにもユーモアにあふれた作品もあるんです。面白いでしょ?

「よりシンプルな生活。そこへ戻るのはむしろ前進なのだ」byイオン・シュイナード

年を重ねると、感覚が研ぎ澄まされていくのだと思います。
毎朝の日の出に感動を覚えたり、白ご飯と味噌汁に焼き魚、そんな普通の食事にも深い満足感がこみ上げたり。
人って案外、こうしたシンプルさをゴールに人生を歩んでいるのかもしれません。
若い頃のさまざまな風や嵐のあとに訪れる、
こういったシンプルな喜びこそ、本当の幸福なのかも…。

「手をつなぐ昔はデート今介護」「介護してふたたび芽生える夫婦愛」

なんて心あたたまる作品なんでしょう。
こんなふうに年を重ねていけたら最高じゃないでしょうか。

ちなみにこんな作品もありました。
「妻肥満介護になったらオレ悲惨」(爆笑)
スタートライン
夢をもちなさい!という大人が多い。子どもたちに夢をもつことを強要する。
そもそも夢をもつって頑張ってどうにかなるものなんですかね。
肩の力を抜いて考えたとき、自然に、「将来こうありたいなー」と思えること、
それこそが夢につながるものなのではないでしょうか。

でも、将来どうしたいかなんてわからない子どもはたくさんいます。
そりゃそうですよ。まだ人生が始まったばかりで、世の中の事ほとんど知らない状態で「将来の展望を持て!」って言われても、ねえ?

そんな途方に暮れるあなたに自分のやりたいことの見つけ方を教えます。
それは……
「目の前の当たり前のことを手を抜かずに一生懸命やる」
え?それだけ?? はい。それだけです。

普段やらなければいけないことを、真剣に本気で、誠意を持ってやること。
それを「至誠」といいます。

「朝起きたら、玄関の掃除、鳥のエサやり、布団干し…
そういうことを真剣にやりなさい。絶対に手を抜かないで、とにかく真剣にやりなさい。そうしたら、いつか自分の役割が必ずわかる」
と言い続けた人物、それが江戸時代後期、幕末の大教育者「吉田松陰」です。
「至誠を貫きなさい。」
何でも普段が大事なんですね。
普段どれだけのことをやっているか、それが大事だと、吉田松陰は教えたそうです。

やりたいことが見つからない子どもに「今、あなたにできることは何?」と聞きます。
するとほとんどの子が「何もできない」と答えます。
私はそれに「それはそうだよ。だから学んでいるんだろ」と語りかけます。
できないで終わるのではなく、どう増やしていくのかが重要です。
その先に見えてくるのが職業で、その原点にあるのがどう生きていきたいかという夢なんだと思います。

「学校の勉強なんてできなくてもいい。どうせ将来役に立たないから」
そう思っている人いませんか?
その通りです(笑)。
学校の勉強ができなくたって、人間として社会人として成功して生きていくことはできます。
でも、学校の成績という物差しで測ったときに、自分が何センチかということは知っておいたほうがいいです。
自分にできないことがあるというのは恥ずかしいことではありません。ただ、自分にできないことを知っていないと、無駄な時間とお金を使います(経験談(^^;)) だから己を知るということは大事だと思います。

そうこうして自分の役割、人生のミッションみたいなものを毎日考えていると、
あなたにもいつか必ず見つかります。私がそうであったように…。

そして、夢はいつの間にかサイズが合わなくなっていることがあります。
さまざまな経験にともなって、できることが増えてくると、夢もスケールアップするものです。そのときは、迷わずに大きな夢を持ってください。
あなたのスケールが大きくなったのですから。

「3cm先を見ていれば船酔いするけど、
100km先を見ていれば景色はほとんどぶれない」by孫正義

今はまだわずかな輝きのあなたですが、
これからどんどん自分を磨いて、いままでの苦しんだ分だけ輝いてくださいね。

そして、あなたが大人になったら、あらゆることにチャレンジしてください。
世の中に自分で試してみないでわかることなんか一つもないのだから。
優しく生きる
私の大好きな作家、宮沢賢治のお話。
賢治は、子どもの頃、父親に「大きくなったら、何になる?」と聞かれて、こう答えました。
「何になるかわからない。でも、偉い人にだけはなりたくない」
その言葉どおり、賢治は、有名にもならず、偉くもならず、37歳で妹と同じ病気で死んでいきました。
偉い人よりも、人のために働く、そんな人になりたかった賢治。
賢治は岩手の農業高校で、教師をやっていましたが、教師を辞めて、農民になろうとしました。
「私は、もっと土にまみれて働きたいのです。教師をして、生徒たちを立派な農民に育てるのも大切な仕事です。でも、それだけでは、本当の農民の苦しみはわかりません。
雨が降れば大水でたんぼを流され、日照りが続けば、稲の枯れるのをじっと見ているよりほかに何もできない人たち。その人たちのことを思うと、のんびり教師などしていられないのです。
その人たちと一緒になって働き、その人たちのために、いますぐ役に立ちたいのです」

生涯に出した本はわずか2冊。しかも出してくれる出版社はなく自費出版。
その上、売れなかった・・・。
教師という安定した職業も辞めてしまった・・・。そして37歳の若さで亡くなる・・・。

賢治は、偉い人よりも、ただただ人のために働く人になりたかった。
妹のために・・・。農民のために・・・。

雨ニモマケズ 風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ 丈夫ナカラダヲモチ
欲ハナク 決シテイカラズ イツモシズカニワラッテイル・・・
 
この詩は、発表されるために作られたものではなく、賢治の手帳に書かれていたもので、死後、トランクで発見されたものです。これこそが、賢治のありのままの気持ちだったのでしょう。

みんなに「デクノボー」と呼ばれ、褒められもしない。心配もされない。
でも、それでいい。それがいい。
東に病気の子どもがあれば行って看病してやり、
西に疲れた母があれば行ってその稲の束を背負ってあげられたら・・・、
誰かのために生きた人生ならば、それこそ最高じゃないか。
宮沢賢治はそのことを私に教えてくれた人です。
賢治の思い、あなたに届け。

ソウイフモノニ ワタシハナリタイ
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